2022.06.30
執筆:物流・ITライター 坂田 良平
TMS(Transport Management System / 輸配送管理システム)と言えば、以前は、ほぼ配車システムを指していたように思う。
ところが最近では、もっと本来的な輸配送管理を担うべく、運送業務をデジタル化し省力化を実現するものや、協力会社や荷主の間で取り交わされる発注・受注・請求などのやりとりを担うEDI機能を備えたTMSが、注目され、次々と登場している。
TMSに求められる機能の変化は、すなわち運送管理業務における課題感の変化でもある。
この背景について考えてみよう。
TMSに求められる機能の変遷
運送会社における配車業務とは、売上を確定し利益を生み出すための仕事である。つまり、配車業務は運送ビジネスにおける大黒柱だ。
私の尊敬する物流企業の大先輩は、「配車担当者の腕によって、特に利益に関しては2倍3倍の差がつくこともあるんだよ」と語っていた。だからこそ、腕の良い配車担当者、特に利用運送を得意とする人は、ヘッドハンティングの対象となる。
あくまで筆者の肌感覚ではあるが、以前の配車システム・マーケットは、大手システム会社および老舗の配車システム会社など、片手で数えられる程度の会社による寡占状態にあったように思う。
状況が変わってきたのは、2010年以降からだろうか。GoogleマップがAPIの公開を行うなど、ビジネス用途で使いやすくなってきたことも、配車システムの開発やビジネス参入への障壁を下げる役目を果たした。
結果、それまで数百万円~1000万円オーバーのライセンス料を必要とするオンプレミスタイプの配車システムが中心だった状況から、サブスクリプション形式+クラウドタイプの配車システムが次々と生まれ、市場に投入された。
結果、2010年代前半~中盤のTMSと言えば、配車システムを指すようになったのだろう。
しかし、配車システムはプレイヤーが増えたことによって、物流システムのひとつのジャンルとしてのポジションを確立し始めた。一方で、売上と利益の拡大という攻めの改善だけではなく、運送ビジネスを疲弊させていた運送管理業務の省力化や生産性向上という守りの改善が課題としてクローズアップされるようになった。
2020年に前後して、運送業務のデジタル化推進や、取引先との電子取引を実現するEDI機能などを実装したTMSが、続々とマーケットに参入し始めたのは、このような背景があるのだ。
電話とファックスに忙殺される運送管理業務
感心する…というよりも、むしろ私は呆れてしまった。
ある運送会社でのことである。
その人は、部長であった。自社車両は20台ほど。しかし、協力会社のチカラを借りて、同社は日々400t強の貨物を輸送していた。
事務所内で働くのは、若手事務員が4名、部長、課長の計6名である。主要荷主3社でほぼ400tを占めるのだが、部長と課長が、残りの数10tにあたるスポット貨物を担当していた。
「多少の上下はありますけど、だいたい日々8社くらいのスポットを扱っていますね」──部長は、左肩でビジネスフォンの受話器を支え、手には2台の携帯電話。計3本の電話に出ながら、筆者の取材にも対応するのだ。たいしたものである。
スポット案件の打診があると、部長はその電話をつないだまま、心当たりの協力会社に電話をかける。左耳で親請け、右耳で下請けと会話しながら、そのまま案件をマッチングさせていくのだ。
確かに、いわゆる水屋と呼ばれる利用運送のプロの中には、このようなスタイルを取る人はいた。いたが、もはや絶滅危惧種だと思っていた。久しぶりに、このような方を見たのだ。
部長が案件を決めると、その後は課長が引き継ぐ。親請けと下請けの間に立ち、見積書、発注書、運行指示書などを電話とファックスでやり取りしていくのだ。
「よく間違えませんね?」という筆者に、部長はこのように答えた。
「ええ。だからね、スポット案件は、私と彼の、部長-課長コンビじゃないとこなせないんですよ」
同社を支えるのは、当然ながら主要3社で構成される日々400tの売上である。だが、そちらは受発注のやり取りが標準化されているため、若手事務員に担当させることが可能だという。
話を聞きながら、私は考えてしまった。
部長と課長が担当するスポット案件は、日々合わせても数10tの運送である。利益率は良いのだろうが、それでも(おそらくは)日々数十万円の売上に、部長と課長がかかりっきりになっているのだ。
スポット案件の運送管理業務に手間が掛かることも分かる。
だから、経験の少ない若手事務員に任せにくいことも分かる。
だが、部長、課長といった高職位者に求められる資質とは、「複雑な事務処理業務を間違いなくこなすことができること」なのだろうか。
電話とファックス(紙書類)に忙殺される運送管理業務における問題点の根源を、突きつけられたような気分になった。
非効率が非効率を生み出す、運送管理業務の悪循環
「物流部の、あの電話の多さって異常だよね」、これは、カスタマーエンジニアである友人の言葉である。
彼は、インフラ系のシステム会社に勤めており、さまざまな業種の事務所に出入りしている。その彼をして、運送管理を行う物流関係事務所における電話は異常だと言うのだ。
「入電も多いんだけど、事務所から電話をかけることも多いよね。あれじゃあ、仕事も進まないだろう?」
電話は、こちらの都合などお構いなしにかかってくる。
それでなくとも忙しい運送管理業務なのに、電話は、作業中の仕事を強制中断させてしまう。さらに電話は、次の電話を必要とすることも多い。例えば、「○○行きの貨物って、何時に到着予定ですか?」という電話であれば、電話を受けた人は、配送を担当しているドライバーに架電し、予定到着時刻を確認してから、問い合わせ元に折り返さなければならない。
事務所にはびこるExcel至上主義も課題である。
筆者がコンサルティングを行った3PL企業では、車両管理台帳、運転者台帳などをExcelで作成、管理していた。同社の利用しているデジタコ管理ソフトには、車両管理台帳機能、運転者台帳機能などが標準装備されているにも関わらずである。
「なぜ、デジタコ管理ソフトを使わないのか?」、問われた担当者は、このように答えた。
「他の業務もExcelで行っているから….。面倒くさいんですよね」
業務ごとに異なるアプリケーションを使い分けることが面倒だという気持ちは分かる。使い慣れたExcelの方が扱いやすいという気持ちも分かる。
だが、Excelのようにローカルファイルを生成するアプリケーションは、業務の属人化、ブラックボックス化の原因となってしまう。
近道をしているようで、結果として業務の標準化や省力化、生産性向上を阻むのが、Excelなのだ。
赤字続きの運送ビジネス、もはや業務改善は死活問題
「私は運送業界に30年いるけど、運送管理業務のやり方って基本、この30年間変わってないよ」──この言葉を発した業界の大先輩は、だから運送管理業務のデジタル化など不要だと言い放った。
だが、大先輩は、自らの言葉の矛盾に気がついていない。
この30年間で、運送ビジネスはすっかり儲からないビジネスになってしまったことを。
そして、儲かっていた頃のやり方を後生大事に守っていたら、もはや運送ビジネスに未来などないことを。
全日本トラック協会では毎年、経営分析報告書を発表している。
多少の浮き沈みはあるものの、同報告書では、会員企業の約半数が、貨物運送事業の営業損益ベースで赤字であることを、ここ何年も報告し続けている。
運送ビジネスを疲弊させてきた運送管理業務の省力化や生産性向上は、もはや待ったなしなのだ。
そしてそのために今、運送業務のデジタル化推進や、取引先との電子取引を実現するEDI機能などを実装したTMSが注目を集め始めている。
後編では、TMSを巡る状況をさらに深掘りしていこう。